ベートーヴェン“不滅の恋人”の謎を解く (講談社現代新書)

粘り強いその探究心にまず敬服する。いくら気になるからといって、熱意だけでは普通ここまで出来ない。説として発表する、そこに至るまでどれだけの先行説を研究し、様々な場所に足を運び、ウラを取り、検証し…を繰り返してきたのだろうと想像すると、わずかな金額でその業績を読ませて頂いていいのだろうかとさえ思えてきてしまう。ベートーベンの「わが不滅の恋人」とは一体誰だったのか。ご存知のようにその候補者には諸説あるが、青木氏は一貫してアントーニア・ブレンターノ説を唱えている。本書でその根拠として挙げられている事柄はこれ以前に出された河出文庫での内容とそう変わりはない。どちらも読み、所持しているが、こちらの新書版は文庫に比べてかなり紙面が少なくなっていることもあり、文庫の内容をさらに精査し、幾つかの新たな事柄を付け加え、より凝縮してまとめたものである印象を受ける。河出文庫に付いていた何枚かのカラー写真がこの版ではモノクロになっているのが残念と言えば残念かな。青木氏はなぜアントーニアを恋人として推定するのか、それをここでくだくだしくレビューするのは違うと思うので興味を持たれた方はぜひ本書をお読みになって欲しいなと思う。失われたパズルのピースを当てはめていくように一つひとつ丁寧に成される検証により、200年前に書かれた楽聖の色褪せた恋文が徐々に鮮やかな色彩を帯びてゆく、その過程には、読んでいてこちらまで胸躍る心持ちがしてくる。とは言え亡き人の、おそらくどうしても隠しておきたかったであろう過去を探るのは、間接的とはいえ良くないことだという気もするのだが、そう思った時は既に読了してしまっていた。でもこの事を知ることが出来て良かったとも思う。以前からベートーベンは好きだったけれど、青木氏の本を読み、次に曲を聴いた時、初めて彼の心に触れた気がした。クラシックファンと言えるほどの造詣は自分はないけれど、そう感じた。音楽家の家に生まれたとはいえ家庭は貧しく、時に暴力的な父により幼い頃から容赦ない指導を受け、唯一の心の支えだった母は彼の成功を見ることなく若くして亡くなり、その才能によって世に認められはするものの音楽家としては耐えがたい耳の病を背負う。病がちだった晩年は弟達との確執に悩み、心温まる家庭を希求しながらもついにそれは得られず、家族に看取られることなく息をひきとった―言葉にすると彼の人生は何となく不幸だったような、その成功をもってしてもカバーしきれないほどの悲しみを負った人生だったような、ずっとそんな気持ちがしていた。その音楽も、自分はとても好きではあるけれど、苦しみの中からのみ生み出されたかのように思って聴いていたが、彼の人生は決して苦しみだけではなかったのだ。誰かを愛し、陶酔を味わい、幸せに満たされた時も確かにあったのだと思えたことは自分にとり大きな収穫だった。作曲家の人生を探ることはすなわち、ある曲がその人生のどの時期に、どこで、なぜそのような旋律となったのかを知ることにも繋がっていくのだと考えさせられる一冊となった。